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アラフォー女の日常・・・
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結論からいうと、兄は生きていました。
しかし連絡をしやがりません。

管理人さんが「妹さんに連絡をとってください」とドアポケットに手紙をいれて、兄は、それを見て私ではなく、自治会長さんに電話したそうです。
それを管理人さん伝いに私が聞きました。

そのあと、「相続の書類は受け取った」と一行だけメールが来ました。

困ったもんです。

兄が、私に連絡をしたがらない理由は、わかっています。

10月に、札幌の土地の登記を行い、登記完了証をが私と兄に送付されました。
本人限定受取郵便で来ます。

兄は、受け取り損ねたのです。
私が何度も、「本人限定受取」というお知らせが来てるはずだから、郵便局に連絡して、自分が受け取れる時間に受け取るように、といったのに。

札幌の法務局から私に連絡があり、再度、私が切手を送付して、送る手配をしました。
兄から連絡がなくなったのはそこからです。

「自分の失敗を責められる」と思ってるからでしょう。

母が、兄のことは何でも責めずにいたので(悪いことはみんな私のせいにしたので)、兄は自分の非をひとつも認められない人間になりました。

そんな負の遺産を残して、母は死ぬ権利なんかなかった。
あの産業廃棄物が死んでから死ぬべきだった。

札幌の土地を売らないと、兄は暮らしていけないはずです。
おそらく働いていないだろう兄には、必要なお金であるはずです。
(土地が売れないと、兄の生活費は尽きるはずです。兄の分の株は、売っても180万円、家がある状態で1年暮らすには十分なはずですが、土地を早く売らないと、遅くとも来春には売れないと、日干しになるでしょう。)

たぶん、これを読んだ人の中には、「お兄さんは土地のお金を独り占めするためにあなたに連絡をとってないのではないか」という人もいるかもしれない。

正直、そんなことができる兄ならそのほうがまだましです。
(私と兄の共有なので、兄の一存では売れない、私の実印と印鑑証明が必要となります。実印を印影から偽造して売却代金を独り占め・・・なんてことをするようなら、金なんぞくれてやるからこれを理由に完全縁切りです。金を使い果たしてすがってきたらそれを理由に、自分にはもう養う義務も何もないからと、周囲に宣言できます。)

自分では何一つできないんです。

なにひとつできないくせに、自分ができないことを指摘されたりすると手が付けられないほど怒ったり、あるいはしょげかえったり、完全に閉じこもったり、どうしようもない状態になります。

私が弱い立場だったころは、手が付けられないほど怒りました。
そして、母は、「あーあ、男のプライド傷つけたぁ!」と私をさも悪いことをしたかのように言い立てました。

そんな幼稚さを「男のプライドだから」と矯正しないことのほうがおかしいと思うのですが、世の中はそういうのがまかり通っています。

今は私が強い立場なので、完全閉じこもりなのでしょう。
土地が売れたら完全縁切りしたいんですが・・・なんだったら土地代金全部くれてやっていいから、縁切りしたいです。



話は少し変わりますが、そして続いていますが、世の中はなぜ、男性が「自分の非を認められない、間違いを認められない」ことを「男のプライド」といって「神聖ニシテ冒スヘカラス」みたいな言い方をするのでしょうか?

人間だから、誰だって、100%は自分の間違いを認められません。
でも、自分のミスを認められないと、その人は人間として向上できないです。

たとえていうなら、小学2年生が、九九を覚えるとき、四六が25と間違って覚えてしまったとき、それを「そんな間違いしたボクが恥ずかしいから、四六は25にして」とそっくりかえって泣いて暴れるのを「はいはい、ボクちんの言うとおりねー」って言ってその子供のためになるのかどうか、ということです。

「四六は24だよ」と正しい答えを教えて、「間違ったことは間違ったって認めて次に間違わないこと、正しい答えを知ることのほうが立派なんだよ」って教えてあげないとならないんじゃないでしょうか。

昔、大学時代のサークルの後輩の男の子が、こういう「自分の間違いを認められないのを『男のプライド』とわめき散らして自分を変えない、安い『男のプライド』を持っている」系の人でした。

その人は、同志社大学法学部で、司法試験を目指していました。

大学を卒業してから何年かたって、とある趣味のメーリングリストで再会しました。
メールをやりとりするようになりました。

彼は、司法試験を2回失敗して、後輩に先に合格されたといって、あきらめたと言っていました。(旧司法試験の時代で、回数制限はなかったころです。)

その人と話をしていて、「知らなかった」「間違って覚えていた」ことを認められない傾向があることに気が付きました。
「それはああだった、こうだった、こういう解釈だってあるんだ」等いうのです。

そうやって人に言い訳したところで、司法試験の採点が変わってくれるわけじゃない。

司法試験をあきらめて、仕事を探していましたが、続かない。
「学生時代プログラミングをしていたから」と、IT系の会社に入りましたが、そこもすぐにクビになってしまいました。

そんなとき、その人から、スパムメールが転送されてきました。
内容は、「○○(というテレビ番組)の調査で、どこまでメールが転送されるかの実験です、受け取ったら10名のお友達に転送してください」というものでした。

もちろん、本当なわけがない。古典的なスパムです。
私はその人に「これはいたずらのスパムメールです。こんなの転送しないでください」と書きました。

そうしたら、言い訳の嵐が・・・「
こんなの嘘だとわかってた、ちょっと冗談のつもりでやった」
わかっててやったならなおさら悪質です、というと、
「いや、悪意じゃなかった、善意の過失だ、法律用語では善意というのはわざとじゃないということで云々・・・」
要するに知らなかったんでしょう、というと
「いやこんなこと知らなかったわけじゃない」
素直に知らなかった、だまされた、今度から気を付けるっていえばいいじゃない、というと、
「こんなことぐらいで何で責めるんだ!」

・・・別に、「こーんなメールに騙されるなんてばっかみたい、あんた頭イカレてるよ?こんなことも知らないなんて豆腐の角で頭うちつけてしんじゃえば?」などと言ったわけじゃないんです。

でも、その人は、自分が「知らなかった」ことを指摘されるとそのぐらいに聞こえるようなのです。

私はその人に、今までずっと話をしてきてあなたが自分の間違いを認めるのが苦手なことは見てきている、司法試験に落ちたのもそうではないか、同志社法学部に合格できるということは頭が悪いわけじゃない、ただ、自分の思い違いをしっかり認めて、訂正できないのではないか、今も仕事を転々としているけれど、そういうことがあるのではないか、プログラムを昔やってたからといって、今通用しないなら指摘を受け入れて直さなきゃならないのにできないのではないか、きっとクビになったのも自分のミスを指摘されて「これはああだったこうだった」って言い訳したんでしょう?というと、

「そんなこと知ってる、それができたら苦労しない、このプライドがどうにもならない」
というようなことを言って、それが最後のメールになりました。数

か月後、大阪梅田の、ムービングウォークあたりでその人を見かけました。
向こうも私に気が付いたようで、恐ろしい速度で逃げ去っていきました。
営業マンっぽい恰好をしていました。

今はどうしているか知らない。

今はもう38歳か39歳にはなっているはず。
あれから15年ぐらい経ってるから、少し悟ることがあって、変わってたらと思います。

その人だって、昔、高校時代、受験勉強をしていた頃は、そうじゃなかったはずなんです。

例えば「
いとをかしげなる猫なり、飼わむ」(更級日記)を、「とっても変な猫だ、飼わないでおこう」と訳すと間違いになります。(正解は「とってもかわいい猫だ、飼いましょう」。)
それを、間違えて訳したら、素直に従って、覚えなおすしかない。
先生に「間違えたのはああだった、こうだった」と言い訳してもテストの点数は覆らない。

そういうことをしていたら、同志社大学には入学できなかったはず。
自分の間違いを認めて、それを訂正していく作業が、同志社大学の入試を受けた段階ではできていたはず。

それが、なぜ、4年間でできなくなってしまったのか。

「これいたずらのスパムだぜ、こんなの転送するなよ」って言われたら、「あー、そうだったのか、すまんすまん」でいいはず。

司法試験でもプログラミングでも、自分の思い違いがあれば、その都度、正しいことを覚えていけばいい。

人間だから100%非を認めて直せるわけじゃない。私もできない。
でも、こんなちょっとしたことも認められないのはおかしい。

最近、こんなちょっとしたことも、自分のミスを認められない、「男のプライド」とか言ってゴネる男性が多いような気がしますし、社会がそれを「男のプライドだから女が大人になってころがしてやれ」というのは何故なんだろうと思います。

そんなつまらない人、友達でも同僚でももちろん彼氏でも嫌だよね。

どうして、世の中は、特に男性に、
「自分のミスを認めて次直すほうが男らしくてプライドある行為、そのほうが立派だよ」って教えないのかって思います。

最近、ストーカー殺人が多いのも、その、間違った「男のプライド」を横行させてるからだと思う。

付き合いたい、あるいは付き合っていた女性から「ノー」を言われると、「自分が間違っていることが認められない、俺のプライドが傷ついたからそれを力ずくでも撤回させてやる」という風になるのだと思います。

それは「四六が25だと答えて間違いだといわれたからボクちん傷ついたく、ボクちんのために四六の答えを25にしてギャワーン」と小学2年生が手足をばたつかせて泣き叫んでいるのと同じだと思うのです。

「間違いを指摘されてもあなたそのものを間違ってると言ってるわけじゃない」
「間違いを直すほうが立派」

幼いころから、そう、教えていかなければならないんじゃないか、って思っています。

 *

私がグチってた、前の会社の、第19使徒チコクスル君について、人事の女性に苦情を言った時も、人事の女性は「男のプライドを傷つけないように女のあなたが大人になって云々」の陳腐な答えしかきませんでした。

でも、今の会社で、そのチコクスル君について「こいつダメ」と、男性の営業マンが言ってたのです。
(同じ人材サービス会社で、かつ、チコクスル君はこちらで働いていたことがある。)

男のプライドを大事にしてやって、じゃない。
間違ってるものは間違ってる。

それは当人のためでもある。

「女のほうが大人で立派なんだから男のプライドを大事にして男が欠点を自覚しないように・・・」としていったら、結局低下するのは男の地位だよ。

だいたい、「男のプライド男のプライド」って言ってもさ、自分を正当化するために使ってるだけなんだから。

たとえば、とある女性がTOEIC860のスコアを持ってたとする(私の話ではないです、仮に、です。)

その女性に関心がある男性が、TOEIC730だったとして、女性のスコアを知ったとき、「男のプライドが傷つく」と猛勉強してTOEIC900点を取るとしたら、そういう「男のプライド」ならまだいい。(でも私はそういう意味で「男のプライド」という男性を見たことはないです。)
たいてい、その女性に対して英語の話題はしなくなる、英語なんて知ってる女はナマイキだとか正当化する、「女は英語を知ってても実務を知らない、大局的な視野は男の俺のほうが上だ」とか言い出す、そうやって安易な方向に「男のプライド」を保とうとする。

あるいは女のほうが、自分から、あるいは世間から「男のプライドを傷つけないように」と言われて、自分のスコアを隠したり、「英語なんてわかんなーい」って顔をしたりして男の機嫌を取ったりする。

・・・これって正しいことなんでしょうか?

そういう小さくてつまらないワガママを「男のプライド」と言って社会が正当化するのは絶対におかしい。

大人になってから叩き直すのはきついから、半ズボンの頃から「間違いを認められるほうが男として立派」って育てる社会にならないかな。

まあ、残念なことに、最近は、女の子でも、親が「うちの子に限って間違いをするわけがない、間違ったのは先生の教え方が悪かったのでちょっとした勘違いだから100点にしろ」とかいうようだから、のちの世代だと女の子でも、間違いを指摘されて「プライド傷ついた!」となっていくかもね。

今、打たれ弱い若い人が多いみたいだからすでにもうそうなってるかもね。

兄を見ていると、子供の時から、「間違っていることは素直に認めるほうが立派である」ことを教えないと人間ダメだなぁと思うのです。

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