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アラフォー女の日常・・・
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母が亡くなってから、ここにブログが書けなくなって、それから何年か経って新しいブログを書いています。
こちらに移転先を書いてなかったので、書いておきます。

大都会の小さな家

ここです。

わざわざ探してくださった方がおられたので、書いておきます。

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先日、土地の売買契約に実印を押しにいきました。
いろいろありましたが、ようやくひと仕事終えました。

北海道など、行くことはもう今後ないかもしれないと考え、贅沢旅行してきました。
なお、3週間ぐらい前に計画したのにもかかわらず、週末の宿泊がとれず、同じホテルに連泊できませんでした。

なので、1泊ずつ違うホテル。

1泊めは、JRタワーホテル日航札幌
いやあ、ほんと、最高でしたわ。ホテルに泊まること自体がアミューズメントというか、居るだけで楽しい。
今度また泊まりに行きたい・・・。

平日だったため、2万円でマッサージとスパまでついたプランでした。
(休前日などは3-4万円に跳ね上がる。)

札幌の友達に会い、キリンビール園にてジンギスカンとカニとできたてビールを飲んだため、ホテルに帰ったのは23時すぎ、スパは23:00入場までということで、2回入ることはできませんでしたが・・・。

2日目、土地の売買を、札幌のとある銀行で行ったあと、スープカレーを食べました。
カリーディサヴォイというお店です。
チェックアウトが遅くなり(朝食バイキングがおいしすぎた・・・)、荷物をコインロッカーに入れる暇がなく、銀行までごろごろと荷物を引きずり、そのあと大通りにあるスープカレーのお店もごろごろと荷物をもっていきました。

携帯の電源がきれそうだったのですが、運よくそのスープカレーのお店の真正面にドコモショップが!!!

携帯を充電器に置いてから、スープカレー。
でっかいスペアリブのはいったスープカレーはとてもおいしかったです。

ホテルのチェックイン時刻まで、大通りのスタバでネット。
スタバは、無料で専用WiFiが使えるのですね!最高です。

2日目のホテルは、ホテルノースゲート札幌
金曜の夜は、禁煙シングルがどこも空いてなかったのですが、このホテルは「ボジョレーヌーボー解禁プラン、いい夫婦の日、ボジョレーヌーボーハーフボトルつき」というプランを出していました。
こんなプランだけに、ツイン・ダブルのプランは全部埋まってたのですが、シングルのセミダブルプランだけが空いてました。

ボジョレーがついて11200円ならいっかーと予約していたのです。

・・・さてチェックイン時刻。
「お部屋が空いていたのでワンランク上のお部屋にいたしました♪」とおっしゃっていただけましたよ。

ワクワクして部屋のドアをあけると・・・

・・・

そこは、ツインルームでしたorz~

こんなプランをおひとりさま女で予約すること自体ワビシイのに、さらにわびしさ募るような部屋にすんじゃねーwって思いました。

夕食は、近くの「町のすし屋 四季 花まる」というすし屋さんでテイクアウト。
握ってくれる寿司にしては非常に廉価なのに、ネタが新鮮でとってもおいしかったです。

ボジョレーヌーボーと一緒にいただきましたが・・・

・・・ワインは不味かったな。

翌朝の朝食は、ホテルの朝食はとらず、「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」というおいしそうなパン屋を前日から見つけていたので、そこでテイクアウト。

ハムチーズのシンプルなサンドイッチと、海の幸が丸パンにどっさりつまったサンドイッチをいただきました。

・・・東京に出店してください、お願いします!

この日は友達とサッポロビール工場見学
土曜日だったので工場は稼働してませんでしたが、とても面白かった。
非常に人数が多く、ゆっくり見学できなかったのが残念。
試飲させていただいたビールが、出来立てでとてもおいしかったです。

北海道限定のサッポロクラシックをお土産に会社に発送。

工場見学のあとは、併設のレストラン、ヴァルハラにて、またもビールと、ソーセージやポテトをつまみに食べました。

この日のお宿は、「リッチモンドホテル札幌駅前」。
本当は、このホテルに連泊するつもりが、禁煙が土日に全滅していたので、やめたのです。
土曜の夜の宿泊は、どこのホテルも禁煙室がなかったので、このホテルの、喫煙の「レディースプラン」にしました。

チェックインのあと、サッポロファクトリーへ。
これもサッポロビール関係の施設です。
ビール工場跡地を、商業施設にしたものです。
大きなクリスマスツリーがありました。

ここにも「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」の店舗があり、クリスマスシュトーレンが売ってたので、購入。シュトーレンとはドイツのクリスマス菓子で、ドライフルーツをたっぷり焼きこんで、表面にバターと粉砂糖いっぱいかけた、パン菓子です。
日持ちがするので、クリスマスに食べましょう。

晩御飯は・・・もう、おなかがいっぱいで・・・
帰りに寄った札幌の地下街で柳月の店舗があったので、プリンを買ってそれを食べただけ。

翌朝は、帯広に出発。
ホテルの朝食は、もうおなかいっぱいで食べることができず、このホテル朝食券をお土産に変えられるのでそうしてもらいました。

帯広で友達に会い、六花亭本店のカフェでいっぱい食べました。
六花亭カフェは、お誕生日にいくと、店員さんが「ハッピバスデートゥユー」を歌ってくれるようです。

帯広は空気も良くて、もし、仕事があるのならここに住んでもと思うぐらいでした。
(東京は人の住むところじゃないね。)

帯広名物豚丼をテイクアウトし、千歳空港に向かう電車の中で食べました。

千歳で・・・私の乗る予定の飛行機が遅れていました。
羽田到着は0時過ぎます。

航空会社が1万円(タクシー、ホテル代)くれましたが、そんなのより早く帰りたい、寝たいんですが。

1000円の金券(新千歳空港内の売店で使える)もくれましたが、もらえたのは20時半、売店もどんどんしまっていきます。お弁当屋もしまっています。ぎりぎりでロイズのチョコレートを買いました。

空港のWiFiで、ネットをつなぎ、ホテルを予約。
聞いたこともない安いホテルを予約。

ホテル到着は2時。コンビニで夜食を買い、チェックイン。
今回宿泊したホテルと比べると設備がボロい気がしたけど、まあ、5200円ならしかたないよね。ベッドは悪くなかったし、朝食付きなのがよかった。

ぶっ倒れるようにして寝て、翌朝そのまま会社にいきました。

3泊4日は最後しんどかったのに、結果的に4泊5日、泣ける。

いろいろ盛りだくさん、楽しんできました。


もう少しで土地が売れます。

重要書類を紛失している兄のせいで、かなり難航しましたが、お金は11月末には入ります。


土地の代金が入る、大阪の実家の住宅ローンの残りを支払うで、母の死から始まった大仕事はほぼ終わりです。
(確定申告とかも面倒そうだけど・・・。)

 ***

最近ケガが多いです。
最近というか、ここ1年、足をけがしてばっかりです。

包丁を足の上に落としたり、例の「風が吹いても痛い」やつとか、足底筋膜炎とか・・・先々週の金曜日、肉が見えるぐらいまで深くケガをしました。
その週は大丈夫だったのですが翌週化膿して、かなりしんどかったです。

体力が衰えているようです。

一時期のひどい状態からはだいぶ立ち直って、抜け毛と白髪はだいぶ良くなりました。
目の下のクマがひどくて、ちょっと悩んでいます。

とりあえず生存報告です。

うちの会社で、退職者が相次いでいます。
私は入社1年ちょい、すでに、1/3が私より社歴が浅い人となっております。

一応、会計事務所で、みんな、税理士とか公認会計士とかお持ちで、基本的に優秀な方が多いので、ちょっと景気がよくなるといい会社に引っ張られちゃうんだろうなって思います。

楽天に採用された人もいます。

人の退職・採用が多いと、私は忙しくなります
ログインやメールのアカウントを作ったり、あるいはDisableにしたり、パソコンをセットアップしたり、片付けたり。

負けちゃいられないので、あと3か月余り、TOEICの点数UP、LPIC1取得、MCP(Active Directoryあたり)取得を考えています。

年末にでも、ibookを買おうかと思っています。
Windows以外を使えるようになりたい、と思っています。

もう少し自分の付加価値をつけなければなりません。


ネットゲームの友達で、イギリス人がいます。
イギリス人とはいっても、お父さんとお母さんはパキスタン人だそうで、本人もイスラム教徒です。

日本が好きで、日本語がある程度分かるのです。
日本にきて英語教師の職がないかとか探しているらしい。

この前、面接して「どうしようか迷っている」と言っていました。
仕事は「1年韓国で英語教師、翌年1年日本で英語教師」というものだったらしく、「韓国には行きたくない、友達に相談してもみんなやめとけっていってる」と言っていました。

私は「北朝鮮なら嫌なのはわかるけど、韓国なら、普通に先進国の暮らしができると思うし、日本人だと反日感情にぶつかるかもしれないけれど、Britishならそういうのあるとも思えない、待遇が悪くないならやればいいのに」と言いました。
(まだ彼はこのぐらい込み入ったことは日本語では理解できないので、英語で話しました。)

それで前向きに検討してたみたいですが、残念ながら、不採用になったようです。

イギリスで若い人が仕事を探すのは非常に難しいみたいです。

こんな「日本が好き」な外国人が、もっと増えてほしいな、日本に来るような機会があればいいな、と思っています。


職場には、26歳のイケメンフランス人がいます。
この人は、日本人が想像する、金髪碧眼のフランス人です。
彼も日本が大好きで、前は京都でフランス語を教えていて、いまは浅草に住んでいるらしい。
日本の古い街並みが好きだということです。

最近、ちょっときちんとメイクしているのは彼の存在が大きい。
ちょっとキレイにすると、ちょっと反応変わりますからね。
やっぱりフランス男はそういうところがありますね。

だからといって何があるわけでもないですけどね。
キレイにして好意的な反応が返ってくると嬉しいじゃないですか。

私が、カトリーヌ・ドヌーヴみたいだったら「43歳マダムと26歳青年の恋」みたいなのもフランス映画のようで恰好がつきますが、デブスのオバサンですからね(笑)。



今、会社でいっぱい、古いものを処分しています。

Windows 2000/XP対応の指紋認証装置とか(メーカーすらもうあらへん)、やっぱりWindows 7では動かない無線ヘッドセット(ドライバ対応してへん!)とか、16Bitのわけのわからないボード類(いまは64Bitの時代やろ!)など、10年ぐらい前のシロモノがキャビネットいっぱいに入っていました。

昔のバックアップテープがいっぱいあって、ただ、規格が古く(L2)、今のテープドライブでは再生できないので、消去できません。

物理的に破壊するしかないです。
ケースを壊しましたが、中のリールは取れず。リールがとれたら、「一口バウム」みたいに切っちゃうんですが。
取れないので、びろびろびろびろーーーーーんと引っ張り出しては、ハサミでざく切り。

「You really enjoy it!」とか外人に冷やかされながら、糞つまらない面倒な作業やっています。
(遊んでるんじゃねーよ!)

「スパイ大作戦」みたいな、「なお、このテープは、自動的に消滅する」ぷしゅうぅぅぅ、だったらいいなあと心から思います。

ひょっとしたらこのアイデア、実現したら売れるかも。

バックアップテープ、たとえば10年の保存期限だとして、期限がきたら「ぷしゅうぅぅぅうっ」と読み出し不可能な状態に、自動的に破壊される、そんなテープがあったら、高価でもきっと需要はあると思います。

 *

過去の記録。

40歳を過ぎて、今まで経験してきたことが、どんどん「歴史」になっていくのを感じます。

最近『墜落遺体』という本を読みました。
御巣鷹山の尾根に墜落した、日航機事故の犠牲者の遺体の、本人確認のドキュメントです。

後ろのほうに座っていた人のなかには助かった人もいるので、後ろのほうに座っていた遺体はほぼ完全な体を保っていたそうなのですが、だんだん、損傷のひどい遺体になって、たとえば真っ黒焦げに炭化、骨が粉々に砕けて全身がラグビーボール大にまるまっている、ある遺体の頭の中から別の人の頭が発見される、というような遺体から本人を特定するという、困難を極める作業が克明に描かれています。

子供の遺体は、骨があれば、1歳刻みで特定できるそうです。
12歳の遺体のはずなのにでっかい遺体、誰だろうと思ったら、関取の息子さんだったという話もあります。

思い出す、夏の日、御巣鷹山の夜・・・

あのとき私は15歳で、あれからもう28年も経ってしまいました。

あの年は阪神タイガースが優勝しましたが、あの事故機には阪神タイガースの球団社長が乗っていてお亡くなりになっています。(ちなみにその前の便でナインが乗って、平和台から甲子園に戻っていたそうです。もし事故機が前の便だったら、掛布とか岡田とか真弓とかバースとかいったあの時の往年の名選手たちが事故にあってたわけです。)

本の中には、たとえば北海道の親戚の家に遊びに言った帰りの母子の話が載っていました。
親戚の家に遊びに言ったのは、お母さんと、小学生の娘と乳児の娘だったのですが、お姉ちゃんのほうは「わたしまだもうちょっと北海道で遊びたい」といって帰りを遅らせたので、難を逃れたという話が載っていました。
お母さんと、赤ちゃんの妹は、亡くなってしまいました。

人の生死なんてそんなところで決まっちゃうのかもしれません。

本の中には出てきませんが、坂本九氏、おそらくあの事故でお亡くなりになった人のなかで最も有名な人だと思うのですが、日航は危ないから嫌だといっていつもは全日空しか乗らなかったらしいです。
奥様も「あの人が日航に乗るはずがない」と最初は信じないレベルで、日航が嫌いだったそうです。
お盆でどうしても全日空のチケットが手に入らず、日航に乗ったら、あの事故に遭ってしまった。残念な話です。
 
今は、もう、どんどん、歴史になっていっています。

私が東京に出てきた2006年は「東京はものものしい都市だなぁ」と肌で感じました。
特に、霞ヶ関駅周辺は、まだなんとなく「地下鉄サリン事件」の爪痕を感じることがありました。

まだ地下鉄サリン事件から、11年経ったぐらいで、あの頃はまだその周辺のビル群の警備がきつかったです。

去年、菊池直子・高橋克也が捕まってから、なんとなく、雰囲気が緩んできています。
被害者の方々にはまだまだ「終わったこと」ではないのですが、一応のピリオドとなったようです。

地下鉄サリン事件があったころは、私はまだ25歳で、大病から回復して、大阪のとある郵便局でバイトしてました。
その郵便局の真正面が、大阪のオウム支部でした。

その頃は、正面を、機動隊のおじさんたちが常時10名ほど取り囲んでいました。

郵便局の2階から見ると、恐ろしく汚い畳、普通の汚さじゃない、人が何人か染み込んでいるんじゃないかと思われるような汚さの畳が見えました。

7-8歳と思われる男の子がいて、学校にもいってなくて、よく機動隊のおじさんたちに遊んでもらっていました。

しかし、中から男の子の父親と思われる人物、オレンジ色のオウム服を着た男性が出てくると、男の子の表情は一瞬で仮面のようになり、お父さんのところに行ってしまいます。
外の世界との接触を厳しく禁じているのでしょう。
その男性はおそらく高位のオウム信徒であろうと思われます。

外で遊びたいんだろうな、お友達が欲しいんだろうな、と不憫に思いました。

今あの男の子はどうなっているのだろう、と、今も時々思います。

その瞬間起きた出来事・事件・事故は、記憶となっていきます。
記憶は、いつしか記録となっていきます。
記録は、いつしか歴史になっていきます。

大阪のオウム支部にいた男の子の記憶は、私が死んだら(あるいは遊んであげた機動隊のおじさんたちが死んだら)失われてしまうあいまいな情報に過ぎないです。
「オウム事件の記録」には残らない、雑多な情報。
古い規格のバックアップテープに記録されたデータのように、いつしか読み出せなくなる情報にすぎないです。

なお、この記憶は、私が死んだら、自動的に消滅する。

・・・だからこそ、ここに、記しておこうと思っています。 

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変な名前ですが、三国時代呉の名将「陸抗」からいただいています。

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